ひめゆりの塔|南部観光のおすすめスポット

ひめゆりの塔

ひめゆりの塔

 

ひめゆりの塔とは?

 

 

ひめゆりの塔は、戦争時(第三外科壕)【学徒隊】として従軍していた

 

ひめゆり学徒隊の名前にちなんで付けられています。

 

※植物のヒメユリとは関係がありません。

 

 

また、塔とついておりますが、終戦間もなく物資の調達が非常に困難で

 

あった事とアメリカ軍の統治下にあった事が理由で塔と言うほどの

 

高さはなく、1メートルにも満たない程です。

 

 

ひめゆり学徒隊とは?

 

 

ひめゆり学徒隊は、1944年12月に沖縄県にて日本軍が中心となり

 

発足した看護訓練を受けた女子学徒隊の事。

 

 

沖縄戦とひめゆり学徒隊

 

 

アメリカ軍の沖縄上陸を目前にした、1945年3月23日。

 

女子生徒222名。引率教員18名。合計240名からなる

 

学徒隊は、沖縄陸軍病院へ看護要因として動因される。

 

 

しかし、敗戦が濃厚となる同年6月18日に突如解散命令。

 

解散命令より1週間前後の間に136名が死亡。

 

 

多くの犠牲をだした伊原第三外科壕跡地に

 

「ひめゆりの塔」が建立された。

 

 

 


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